IRONMANは、3.8kmのスイム、180kmのバイク、42.2kmのランを、1日で連続して行うトライアスロンです。その総距離は226km。数字だけを見ても、簡単に挑戦できる競技ではないことが分かります。
しかし、IRONMANが世界中の人を引きつけている理由は、その距離や過酷さだけではありません。
IRONMANには、挑戦する人の背中を押し、長い練習や苦しいレースを支えてきた、さまざまな言葉があります。
「Anything Is Possible」「Every Journey Has a First Step」「You are an IRONMAN」。
初めて聞く言葉も多いかもしれませんが、その一つひとつに、IRONMANが大切にしている挑戦への考え方が表れています。
今回は、IRONMANの公式スローガンや大会の歴史に残る言葉を紹介しながら、IRONMANを支えている精神について見ていきます。
Anything Is Possible ー 不可能なことはない
IRONMANを最も象徴する言葉が、「Anything Is Possible」です。
日本語にすると、「不可能なことはない」「どんなことでも実現できる」という意味になります。
IRONMANは1978年、ハワイで始まりました。創設者のジュディ・コリンズとジョン・コリンズが、当時ハワイで行われていた水泳、自転車、マラソンの長距離競技を組み合わせ、究極の耐久レースを作ろうと考えたことが始まりです。
第1回大会では、15人の挑戦者が、当時は不可能とも思われた226kmのコースに挑みました。現在では世界各地で大会が開催され、多くの選手がフィニッシュラインを越えることで、「Anything Is Possible」を証明し続けています。
ただし、この言葉は、努力すれば何でも簡単に成功するという意味ではありません。
最初からできると分かっていることではなく、今の自分には難しいと思えることに向き合う。失敗や不安を抱えながらも、できることを少しずつ積み重ねていく。
その先に、自分でも想像していなかった可能性があるという考え方です。
「Anything Is Possible」は、結果を保証する言葉ではなく、挑戦する前から自分の可能性を閉ざさないための言葉なのです。
Every Journey Has a First Step ー すべての旅には、最初の一歩がある
IRONMANの公式サイトでは、「Every Journey Has a First Step」という言葉も使われています。
日本語にすると、「すべての旅には、最初の一歩がある」という意味です。
IRONMANの総距離は226kmです。
泳ぐことが苦手な人や、ロードバイクに乗ったことがない人にとっては、自分とは関係のない世界のように感じるかもしれません。
しかし、どの完走者も、最初から3.8kmを泳ぎ、180kmのバイクを走り、その後にフルマラソンを走れたわけではありません。
初めてプールへ行った日があります。初めてロードバイクに乗った日があります。数kmを走るだけで苦しくなった日もあります。
遠くにあるフィニッシュラインだけを見れば、できない理由はいくらでも見つかります。
だからこそ、まずは今日できることから始める。
最初の一歩は小さくても、その一歩がなければ、フィニッシュラインへ続く道は始まりません。
Find Your Finish Line ー 自分のフィニッシュラインを見つける
「Every Journey Has a First Step」とともに使われているのが、「Find Your Finish Line」という言葉です。
これは、「自分のフィニッシュラインを見つけよう」という意味です。
IRONMANに挑戦する理由や目標は、人によって異なります。
できるだけ速いタイムで完走したい人もいれば、制限時間内にフィニッシュすることを目標にする人もいます。けがや病気からの復帰を示すために出場する人や、新しい自分を見つけるために挑戦する人もいます。
同じコースを進んでいても、そこへ向かう理由は一人ひとり違います。
誰かと同じ速さで進む必要も、誰かと同じ目標を持つ必要もありません。
自分が本当に目指したい場所を決め、そのフィニッシュラインへ向かって進むこと。
IRONMANは、他人に勝つことだけではなく、自分自身が決めた目標へたどり着くことを大切にする競技でもあります。
Become One ー IRONMANになる
IRONMANでは、初めてフルディスタンスに挑戦する人を支える取り組みに、「Become One」という名前が付けられています。
ここでの「One」はIRONMANを指しており、「IRONMANになろう」という意味が込められています。公式サイトでは、初挑戦者に向けて、練習や回復、栄養、レース選びなどの情報が案内されています。
IRONMANになるということは、レース当日の226kmだけを意味するものではありません。
大会へ申し込み、練習時間を確保し、泳ぎ、バイクに乗り、走る。疲労や身体の状態を考えながら、長い期間をかけて準備を続けます。
その過程では、できなかったことが少しずつできるようになります。
身体だけではなく、生活習慣や時間の使い方、苦しい状況に対する考え方も変わっていきます。
IRONMANとは、ある日突然与えられる称号ではありません。
長い準備を通じて、少しずつIRONMANになっていくのです。
The Finish Line Is Calling ー フィニッシュラインが呼んでいる
IRONMANは、初挑戦者に大会への決断を促す企画で、「The Finish Line Is Calling」という表現を使用しています。
日本語にすると、「フィニッシュラインがあなたを呼んでいる」という意味です。
IRONMANに興味を持つことと、実際に大会へ申し込むことの間には、大きな壁があります。
本当に完走できるのか。練習時間を確保できるのか。スイムやバイクで事故を起こさないか。途中で諦めてしまうのではないか。
考え始めれば、不安はいくらでも出てきます。
実際にIRONMANのCommitment Dayという企画でも、大会を選び、申し込むことが、挑戦の中でも難しい部分として紹介されています。
すべての不安が消えてから挑戦するのではなく、不安を抱えたままでも目標を決める。
大会へ申し込んだ瞬間、遠くにあったフィニッシュラインが、自分の目指す場所へと変わります。
Everyone Has a Why ー 誰にでも、挑戦する理由がある
IRONMANでは、「Why」、つまり「なぜ挑戦するのか」という理由も大切にされています。
公式サイトでも、「Everyone has a ‘why’」という表現が使われています。
IRONMANの準備には、長い時間が必要です。
最初はやる気があっても、疲れている日や天候の悪い日、思うように練習できない日は必ず訪れます。
そのようなときに自分を支えるのが、IRONMANに挑戦しようと思った理由です。
自分の限界を確かめたい。新しいことに挑戦したい。家族に頑張る姿を見せたい。過去の自分を変えたい。誰かとの約束を果たしたい。
理由に正解はありません。
他人から見て立派な理由である必要もありません。
大切なのは、自分自身が納得できる「Why」を持つことです。
身体が止まりそうになったとき、最後に自分を前へ進めるのは、順位やタイムではなく、挑戦を始めた理由なのかもしれません。
It Takes a Village to Become an IRONMAN ー 1人だけでは、IRONMANになれない
IRONMANの公式記事には、「It Takes a Village to Become an IRONMAN」という表現も登場します。
直訳すると、「IRONMANになるには、一つの村が必要になる」という意味です。実際には、「IRONMANへの挑戦は、多くの人の支えによって成り立つ」ということを表しています。
IRONMANは個人競技です。
スタートラインに立ち、泳ぎ、バイクに乗り、走るのは自分自身です。
しかし、そこへたどり着くまでには、多くの人が関わっています。
練習時間を理解してくれる家族、一緒に練習する仲間、身体の状態を見てくれるコーチ、大会を運営するスタッフ、エイドステーションを支えるボランティア、沿道から声をかけてくれる応援者。
最後にフィニッシュラインを越えるのは一人でも、その挑戦は決して一人だけで完成するものではありません。
IRONMANのフィニッシュラインには、自分の努力だけではなく、支えてくれた人たちとの時間も詰まっています。
If You Do It, I’ll Do It ー あなたがやるなら、私もやる
IRONMANの始まりには、「If you do it, I’ll do it」という言葉があります。
日本語にすると、「あなたがやるなら、私もやる」という意味です。
ジュディ・コリンズとジョン・コリンズは、新しい長距離トライアスロンについて話し合う中で、この言葉を交わしました。そして1978年2月18日、15人の選手が第1回大会のスタートラインに立ちました。
IRONMANと聞くと、強い意志を持った一人の人間が、孤独に限界へ挑む姿を想像するかもしれません。
しかし、その始まりには、「あなたがやるなら、自分もやる」という、とても人間らしい言葉がありました。
誰かの挑戦が、別の誰かの挑戦を生み出す。
一人では踏み出せなかった一歩も、仲間がいれば踏み出せることがあります。
IRONMANは個人競技でありながら、人と人との間で挑戦が広がってきた競技でもあるのです。
Swim, Bike, Run, Brag for the Rest of Your Life ー 泳いで、こいで、走って、その後は一生自慢しよう
第1回大会で選手に配られた案内の最後には、次の言葉が手書きされていました。
「Swim 2.4 miles! Bike 112 miles! Run 26.2 miles! Brag for the rest of your life!」
日本語にすると、「2.4マイル泳ぎ、112マイル自転車をこぎ、26.2マイル走る。そして、その後は一生自慢しよう」という意味です。
226kmという途方もない挑戦を説明しているにもかかわらず、最後は「一生自慢しよう」という軽い言葉で締めくくられています。
ここには、IRONMANらしいユーモアがあります。
IRONMANは、苦しみに耐えることだけを目的とした競技ではありません。
簡単にはできないことに挑戦し、それをやり遂げた経験を、自分の人生の誇りとして持ち続ける。
完走後に何度でも話したくなるほど大きな経験を、自分自身の手でつくる。
この言葉は、IRONMANの過酷さだけではなく、挑戦することの楽しさも表しています。
You Are an IRONMAN ー あなたはIRONMANだ
選手が長いレースを終え、フィニッシュラインへ入ってくると、会場では「You are an IRONMAN」という言葉が告げられます。
IRONMANを完走した選手に贈られる、特別な言葉です。
このフレーズを生み出し、世界中のフィニッシュラインで広めたことで知られているのが、長年大会のアナウンサーを務めたマイク・ライリーです。
この言葉は、単に226kmを進み終えたことだけを意味しているわけではありません。
大会への申し込みを決めた日、思うように練習できなかった日、身体の痛みに悩んだ日、途中で諦めそうになった時間。
そのすべてを越えてフィニッシュラインまでたどり着いた選手に対して贈られます。
「You are an IRONMAN」と告げられるのは、ほんの一瞬です。
しかし、その一瞬の後ろには、何か月、場合によっては何年にもわたる時間があります。
だからこそ、この短い言葉が、多くの挑戦者にとって特別な意味を持つのです。
IRONMANの精神とは何か
IRONMANを支える言葉は、それぞれ異なる角度から挑戦について語っています。
「Anything Is Possible」は、挑戦する前から自分の可能性を閉ざさないこと。
「Every Journey Has a First Step」は、小さくても最初の一歩を踏み出すこと。
「Find Your Finish Line」は、他人ではなく自分自身の目標を見つけること。
「Everyone Has a Why」は、自分が挑戦する理由を忘れないこと。
「It Takes a Village to Become an IRONMAN」は、周囲の支えに感謝すること。
そして「You are an IRONMAN」は、そのすべてを積み重ねてフィニッシュラインへたどり着いた人に贈られる言葉です。
IRONMANの精神とは、最初から特別に強い人だけが持っているものではありません。
できないことに向き合い、失敗しながらも練習を続け、昨日より少しだけ前へ進もうとする。
一人で抱え込まず、周囲の支えを受けながら、自分が決めたフィニッシュラインを目指す。
その一つひとつの行動の中に、IRONMANの精神があります。
私たちも今は、フィニッシュラインから遠く離れた場所にいます。
3.8kmを泳ぐことも、180kmのバイクを走ることも、その後にフルマラソンを走ることも、簡単にできることではありません。
それでも、すでに最初の一歩は踏み出しました。
自分たちなりの「Why」を持ち、周囲に支えてもらいながら、少しずつフィニッシュラインへ近づいていきます。
いつか「You are an IRONMAN」という言葉を聞くために。
そして、「Anything Is Possible」が単なるスローガンではないことを、自分たちの挑戦によって確かめるために。


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